2020年04月04日

マスク

小出正三氏のFBより

マスク2枚バラマキを肯定する思考実験。(長文)
「マスク2枚」は「ゲームチェンジャー」かもしれない。
注)繰り返します。僕はマーケッティングの専門家として「思考実験」でこれを書いています。なんら政治的意図はありません。
私が気になっているのは、「通常、人の行動は、自分以外の人に対する信頼があって成立する」もの。
それなのに「信頼がない人(今、冷笑されている人ですね)が、個人へのインセンティブに頼らず(マスク2枚)、どのように行動を導き出せるか」という問題。それに自分なりの考えをまとめたものです。
またそれが「全員配付」をベースにしており、かつそれが「全員配付としては不完全な方法」を採用したことへの推察される理由も考えました。とはいえ、これはあくまで個人の思考実験です。その点をご理解ください。

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【@〜C:新型コロナ以前の世界】
@ちょっと思い出して欲しい。「マスクを付ける」というのは、つい先日までの欧米では「病人がやること」で「普段からマスクを付ける日本人は変」という受け止めだった。
A現在、その欧米でも「感染から我が身(非病人)を守る為に、平常でもマスクをする」という日本と同じ意識に変わった。新型コロナが変えた。
Bこれは、「病理(個人の病気の問題)」ではなく「公衆衛生(集団の問題)」で、欧米では「公衆衛生の概念が弱かった」と言える。新型コロナが変えた。
Cさて、そんな日本でも「マスクは『うつされない』ため」だった。この「マスクは感染から我が身を守るため」という考え方は、欧米にない日本(韓国、台湾)の独特の考え方。まず、ここまでを整理しよう。
・欧米型=マスクは感染者のもの。
・日韓台型=マスクは非感染者のもの。

【D〜H:新型コロナが変えた新しいゲーム】
Dさて、ここからが新型コロナを迎えた新しい現実。
今回の新型コロナの厄介なところは「感染していても多くが無症状で、かつ無症状でも他の人にうつすことがある」ということ。
またワクチンもなく、検査方法が量・質ともに限界があることから「自分が感染していることを確認することができない」ということ。
SARS、MARS、新型インフルエンザという最近のパンデミックとは明らかにこの点が違う。今までの病気は「感染するかは確率的」だが、「感染者は発症を通じて非確率的になる」のである。「感染者も確率的(確定できない)」というこの新型コロナというのは、新しいゲーム環境になってきている。
先の日欧の比較では「感染者は特定できる」という前提に立っているが、それができないのが今回の新型コロナである。
Eこの新しいゲーム環境に対応するために、専門家が必死になって(エビデンスを元に)新しい予測を立てている。しかし、その予測も(データが少ない。特に日本のように感染検査の対象が狭いと)不確実なので、多くの人が「いや、自分だけは大丈夫だろう」という楽観をもとに行動してしまう人が増えてしまう。
F確かにCで述べたように、日本には「マスクは非感染者のもの」という考えがある。しかし、だからこそ「自分が感染者でなければマスクをしなくてもいい」という考えも成り立つ。
困ったことに、「自分が感染者かどうかは確定できない」のである。しかも、「マスクは役立たない」という海外からの情報(例えばWHOを紹介した朝日新聞記事など)もあり、更に言い訳が立つ。日本の公衆衛生の常識は高度なのだが、そえでもまだ抜け穴があるのだ。
G新しい現実の中で肝心なのは、「確率的楽観」を「確率的悲観」に変えることである。
それは「自分はもしかして、既に新型コロナに感染しているかも」と思ってもらうことである。
しかし、そんな意識転換は極めて難しい。だから、ロックダウンが必要になるのだ。しかし、ロックダウン以外に、このゲームを変える手は無いのか?
Hそれはつまり、マスクを「人からうつされないため」(Cの日韓台型)では足りなく、マスクを(自分が感染者であることを否定できないという新しい前提に立っての)「人にうつさないため」にリポジショニングすることである。
運が良いことに、「うつさない」ためなら「布マスク」でも、役に立つ可能性があるので、Fの「マスクなんて役に立たないよ」という言い訳にも対処できる。
・欧米型=マスクは感染者(確定的)のもの。
 →公衆衛生1.0=感染源を切り離す。
・日韓台型=マスクは非感染者(確定的)のもの。
 →公衆衛生2.0→健常者の防護活動を常態化する。
・新コロ型=マスクはすべての人(確率的)のもの。
 →公衆衛生3.0=潜在リスクに対して防護を常態化する。

【I〜L:新しいゲームで主体的に振る舞う】
Iさて、たった2枚とはいえ「今回は全員に配られる」ということは、「マスクをしないことは、まったく『その人の自由な選択』であり、マスクが買えないという言い訳が通用しない」ことである。
J、Dで述べたとおり、感染症というのは「確率」のゲームである。しかし、ここにFという100%(全数配付)という「非確率」を導入できれば、確率のゲームを変えることができる。ゲームチェンジャーとは、新型コロナが持つ超確率ゲームに、100%を導入することで人間の側から変えてしまうことなのだ。
K強制力を伴う規制が難しい日本の中で、「マスクをしていないなんて非常識」というゲームが生まれれば、「俺一人していなくても(これは確率ゲームだから)関係ない」という理由がつかなくなる。
※これは「空気を読め(自由な選択を許さない)」ということなので、僕自身は非常に、非常に嫌いなのだが、しかし「対日本人」ということでは、きわめて有効な方法であると思う。
Lそして、それで効果が出れば、世界も真似るであろう。そして新しい常識ができる。しかもこの新しい常識は、新型コロナへの対処療法だけでなく、全世界の公衆衛生の概念を確信することができる。
だから、「マスク2枚はゲームチェンジャー」なのだ。
最初にも書いたが、つい最近まで「欧米では、マスクをしている日本人は変」という考えがあったのだ。その公衆衛生への意識を変えたのが「超確率ゲーム」のコロナだった。(他の感染症は「発症」があるので、時系列的に不確実性が0になる)。
その新しいゲームに「全数」で対抗するのが今回の「全員にマスク」である。
【M:そして、最も大事なこと】
Mもちろん、これによって「不織布マスクは、すべて医療・介護現場に!!」という施策を実施することができる。「一日に何回もマスクを使い捨てできる環境を医療現場に」。これこそ、本当に大事なこと。その点も最後に書き添えておく。
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※ただし、日本で「素早く全数を押さえる」というのは簡単ではない。そこで「実質的にはポスティング」である「郵便局のシステム」を使ったのだと思う。「一住所に2枚」ということは、「宛先に個人名が要らない」、つまりポスティング(投げ込み配付)である。
※※当然、ポスティングでは漏れがある。それは他の方法でフォローされるであろう。しかし、必ずしも全員に確実に配る必要はない。あくまで「全員に配られたという空気があればよい」のである。
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以上です。
これは新型コロナですっかり暇になった暇人の思考実験に過ぎません。でも、僕自身はこの思考実験のようになって欲しいと思っています。
https://www.afpbb.com/articles/-/3276808
ちなみに、考える上での参考図書はこれ
http://www.eijipress.co.jp/book/book.php?epcode=2263
と、あとはゲーム理論関係の書籍。
posted by 紅屋重正 at 14:16| 新潟 | 最新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする